2008年11月03日

弟子のカルマを受けて


 今回も、教団の書籍からの抜粋です。
 

 一九八九年五月にインドに行ったときのことですが、過去世で尊師のグルであられたこともあるカール・リンポチェが住んでいらっしゃったソナダという町から、ニューデリーに帰る途中――そのとき私は尊師とは別の車にのって移動していたんですけど――高度二千メートルくらいの場所から降りてきたので耳がキーンとなったんですね。つばを飲んでも治らなくて、そのまま放っておいたんです。そうしたら、しばらくして右耳が痛み出して、その痛みがだんだんひどくなって、眠ることもできないくらいになったんですよ。熱は出てくるし、顔は青くなるしというひどい状態になって、もう心の中でひたすら尊師を観想し、グルヨーガのマントラを唱えていたんです。
 そうしたら、ある町に着いたとき、尊師がすごく耳が痛むとおっしゃったんですよ。医師の資格のあるシャモンに症状を見てもらったら、尊師も私も中耳炎だったんです。これは私のカルマを尊師が受けてくださったと思うんですね。
 それによって尊師は、ホテルでは一人で瞑想に入っていただかなければならないほど、ひどいご様子になってしまわれました。普段でしたら、お休みすることなく、弟子達を集めて説法なさったり、打ち合わせをなさったりするのですが……。
 実は、ソナダを出発する前にも、尊師は具合が悪くなった大師にシャクティーパットをされていたんです。ですから、そのカルマを受けて、既にそのときかなり調子を崩されていらしたのでしょう。それで、とても打ち合わせなどできる状態ではなかったんです。
 私の方も、膿やどす黒い血がどんどん出てきて、痛みもひどく、熱も出て、眠れない状態でした。修行者ですから薬は飲みたくなかったんですが、急ぎの旅ということもあって抗生物質を勧められて飲んだんです。でも、いっこうに良くならなかったんですね。
 私のそういう状態を心配された尊師は、意思なさって、シャクティープラヨーガ(遠隔からのエネルギー移入)を三回してくださったんです。それから解熱のためにと、スイカの果汁にエネルギーを入れてくださって、それをいただいたらやっと熱が下がり、痛みが引いてきたんですね。だいぶ耳も聞こえるようになったんです。
 一方、尊師の方はどうなったかというと、どんどんお悪くなってしまわれたんです。熱は出っ放し、体は動けない、痛みは止まらないと。でも、――ここが尊師の偉大なところなんですが――凡夫だったら動くなんてとんでもない状態なのに、日本に残してきた弟子・信徒さんが待っているだろうと、お体を顧みず、その最悪の状態のまま車でニューデリーに戻ったんです。
 私はそのとき思いました。私がどうしようもなく痛いと感じていたときに、尊師も同じ痛みを感じていらっしゃったと。じゃあ、私がそのときに、他の人の分までも、これと同じ痛みを受けなければならない状況に自分から進んでなるかと。でも、それは絶対考えられなかったんですね。自分の痛みでさえ四苦八苦しているのに、さらに他の痛みを受けようとする心の働きというのは出てこない。ところが、尊師の場合は、私が苦しんでいるのをご覧になって、自分のことはさて置いて、早く私を良くさせてあげたいとお考えになってエネルギーを入れてくださったと。
「他の苦しみを自己の苦しみとする」というのは、口で言うのは簡単ですが、尊師のようにそれを常に実践していらっしゃる方はいないと思います。


明子の一言icon102
 カルマを受ける・・そんなことができるんですかicon11  


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2008年10月29日

他の苦しみを自己の苦しみとする

 今回も、麻原氏の知られていないエピソードを、教団の書籍より抜粋してみました。


 どんなときでも尊師は、「他の苦しみを自己の苦しみとする」という、本当の菩薩の実践を常になさっているんです。
 一九八九年の三月の初めの頃でしたが、富士はとても寒くて毛布を二枚使ってやっと休むことができるほどなんですけど、私がお見かけしたとき、尊師は畳の上にじかにお休みになって、しかも毛布もかけていらっしゃらなかったんです。
「ここで、お休みになっているんですか。」
とお伺いすると、
「弟子達が苦しんでいるのに、私だけ良い思いをすることはできないだろう。」
とお答えになりました。
 常に尊師は、「苦の総量は一定である」と説いていらっしゃいます。ですから、一人が多くの苦を背負うことによって、他の苦が軽減されることになるわけです。連日のエネルギー移入や浄化など、肉体的にもかなりおつらい状態であるにもかかわらず、尊師が布団や毛布をご使用にならないのは、寒さ、あるいは肉体の苦痛を得ることで、少しでも今修行している弟子達の苦が軽減すればという、本当の愛の心からであると思うんです。こういうグルに見守られているというのは、本当にありがたいと思いました。


明子の一言icon102
菩薩ですかぁ・・・・本当の菩薩ってこのような感じなのかしら。普通は「自己の苦しみは他のせい!」って思っちゃう。face03


  


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2008年09月25日

最終解脱の瞬間

 今日は、前回の続き、「最終解脱」の第三回をご紹介します。


●最終解脱(3)

 そして、数日後、
「わたしは、ジュニアーナ・ヨーガの解脱をした。」とはっきりとした、力強いお声で言われ、仏教で一番難しいとされている『十二縁起の法』(十二の条件生起の段階)をご自身の言葉で、わかりやすく説かれたのです。
 そして、このとき、クンダリニー・ヨーガのみでの解脱の欠点まで指摘されたのでした。
――なぜ人はこの世に生まれてきたか。毒餌を食べたから。それによって、病などの苦しみがある。
 なぜ、その毒餌を食べたんだい。それは過去において、それをおいしいと感じたからなんだ。名誉、金などを。肉体的に味わったり、精神的に味わったりして愛着を持ったからだよ。接触によって。闇の中を動き回っているうちに、真我がいろいろな経験をし、出先機関が必要だと思って作った六処によって。
 どうして動き回っているのか。自分が完全でないと思っているから。本当は絶対なのに、錯覚したから。つまり根本は錯覚、無明。
 すべてが錯覚であり、それ自体が無明であると知ったとき、その人は本当の幸せに到達できる。それが真実であるから。

 尊師が最終解脱に至る過程で身につけられていった神通力のものすごさに驚かされたことがありました。
 そのとき、尊師ははるか日本で起こっていることをはっきりと知っていらっしゃったのです。しかも、それは「まさか、そんなことがあるはずがない」とわたしがそれを聞いたときに思ったほど、想像だにしない出来事でした。
 しかし、このガンゴートリーの地を離れ、二日かけてデリーにたどり着き、国際電話をかけて調査してもらったとき、果たしてそれが事実だったことが判明したのです。


明子の一言 icon102

 すべてが錯覚ですか・・・・。 。
 この間ケーキバイキングで食べたチーズケーキicon154も錯覚?
 うーん、難しいなあface14   


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2008年09月21日

最終解脱の瞬間  その2

今日は、前回の続き、「最終解脱」の第二回をご紹介します。


●最終解脱(2)

 このようにして、クンダリニー・ヨーガのプロセスを経て解脱へと至った尊師は、これをあまり大したことだとはお考えにならなかったようです。ごく平然と受け止め、一時帰国して精進湖などでご修行を続けられた後、再びヒマラヤへと入って、さらに体験を深められていったのでした。
 おそらく、普通の人だったら、ここで解脱できたと満足し、喜び、いっそう上のステージへ到達しようなどとは思わないことでしょう。
 再度ヒマラヤに入って間もなく、こう記されています。
——今日、シヴァ大神より指示が出た。「お前の知っているヨーガを全部使え」と。

 このとき、インドの聖なる大河、ガンガーの源流のあるガンゴートリーというところで修行をしていらっしゃいました。標高314メートルという高地です。
 尊師は下痢のため、食事も取れない状態に陥り、肉体的にかなり弱っていらっしゃいました。清潔な水も、電気も栄養のとれる食物もないところで、一番近くの町(といってもバスで6時間)までの道は、3箇所でのガケ崩れのため、不通となってしまっていました。
 こんな悪条件の中で尊師は座り続けられました。さらに次元の高い解脱への欲求、救済へ向けての思念とシヴァ大神への帰依のみが尊師を支えていらっしゃるようでした。
 ガンガーの近くの大きな岩の上で瞑そうされているときなど、強い高山の日射しが、尊師の肌を焼き、水泡まで作ったのですが、全くご本人はそれを意識していらっしゃらなかったほど、激しい瞑想修行でした。

明子の一言icon112

 最終解脱って、どういう状態なんでしょうね~icon79
 悪条件の中で瞑想し続けるという事は、精神的によっぽど強くないとできないですよね。 icon113  


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2008年09月19日

最終解脱の瞬間

 今回は、「マハーヤーナ」というオウム真理教の月刊誌からの抜粋をご紹介したいと思います。これは、麻原彰晃氏が最終解脱に至る瞬間を、一緒にいた高弟の方が綴ったというものです。 

最終解脱(1)

 尊師はごくわずかなヒマラヤでの修行期間に、クンダリニー・ヨーガから最終解脱へと至る厳しい道を登りつめていかれたようです。
 しかし、期間がいかに短くとも、宗教上の指導者であるグルを持たず、試行錯誤を繰り返しながら、強い意志力、精神集中力、救済への思念、そしてシヴァ大神への絶対的帰依を持って、その道程の一歩一歩を踏みしめてゆく尊師の苦悩には、想像を絶するものがあったに違いありません。それは記録にもにじみ出ています。
 また、わたしも尊師が肉体的に、ひどい下痢や発熱に悩まされながら、決して修行を中断されなかったということ、そして、精神的に非常にデリケートな状態になっておられて、そのコントロールに一人苦労されていたことを覚えています。
 次は、尊師の修行記録の一部です(一部なのが本当に残念ですが、いつの日か全記録を明らかにできることを期待して)。

――ものすごい圧力がアージュニァー・チャクラにかかった。少し怖かった。目をやられるのでは、脳をやられるのでは――。それほど強い圧力だった。そのとき、もう一つの意識。わたしはこれを――眉間に穴をあけられるのを数百年もの間待っていたんだ。耐えてみよう。精神集中を続けた。ボーンとアージュニァー・チャクラが完全に崩壊した。体中が緊張していたのが解け、リラックスした。温かくなってきたと思ったら、またエネルギーが上がり出して、サハスラーラのみを圧迫しだした。それまで、いろいろな色が混じっていたが、金色に変わった。幅も大きくなった。

――迷いが出たとき、きれいな赤紫の帯に乗って、パールヴァティー女神(シヴァ大神の妃)が降りてきて励ましてくれた。また、やる気が出た。

――すべての疑問は解けた。あとはずーっと座って静めてゆけばよい。

――解脱とは太陽である。

――アージュニァーが懐中電灯のように明るい。……クンダリニーのエネルギーがアージュニァーに集まると光が弱くなり、突き抜けると強くなる。アージュニァーの圧迫は1。サハスラーラは9。

――サハスラーラに対するクンダリニーの集中が強くなり、バリバリ音がする。アージュニァーにはない。まばゆいばかりの光であった。一番最後におきたバシッという音とともに、かなり強い光が射し込んだ。おそらく、リアライゼーション(悟り)とはこれを言っているのだろう。

明子の一言 icon102

 パールヴァティー女神が降りてくるなんて素敵ですねicon12
 

  


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2008年09月11日

聖者との交流 (2)カムトゥル・リンポチェ師との対談

 
 今度は、ダラムサラの素晴らしい聖者、チベット仏教ニンマ派の成就者であり、かつてダライ・ラマ法王庁の宗教局局長要職にあったカムトゥル・リンポチェ師との対談をご紹介しておきます。
 これは、1991年春、ダラムサラでの対談とのことです。

麻原氏: 自分自身の今の状態からいくと、ダルマカーヤ(無色界)からサンボーガカーヤ(色界)、そしてニルマーナカーヤ(現象界)にゆっくりゆっくりとおちていっているというか、経験がどんどん深まっていっているような気がする。外側の世界は完全に見えない訳だけど、内側の光というのは、外側の昼間の光よりも、ものすごく絶えず強い状態が安定しているし、相手のバルドも瞬時にわかるし、その世界の光が降りてきて、その一粒一粒が、その世界をヴィジョン化していると。

カムトゥル・リンポチェ師: ニンマ派の伝統によりますと、(あなたは)非常に高い悟りを得た人と言えるでしょう。ニンマ派には、そういう高い悟りを得た人がいて、(尊師がおっしゃる)こういう粒をトゥーゲルで見ることができる人がいまして、ビンドゥが徐々に徐々に大きくなっていくのを見ることができる人がいますから、これは私の経験と非常に似ていると思います。

麻原氏: 最後に一つ質問したいんだけどね。今、私の状態というのは意識ははっきりしていて経験が止滅するという状態。止まっているというか・・・・例えば何か食べるよね、その味覚が思い出せないというか、あるいは、いろんなフィーリング・・・・例えば、痛みがあるはずなのに、痛みが全くないとか、あるいは苦しみがあるはずなのに、苦しみがないとか、要するに完全に経験が止滅している状態で、意識と光は、どんどん強くなっていっている段階なんだよね。

カムトゥル・リンポチェ師: それを聞いて大変うれしいと思います。゛イェシェー゛といわれている人が経験できる段階で、普通の人は経験できない。最高の智慧を得た段階。
尊師のご長命をお祈りします。で、尊師ご自身が他の生き物を助ける為にこの世に長く留まるという決心をなさらなくてはいけません。


カムトゥル・リンポチェ師からは、この様な親書が届けられました。
わたしは、麻原氏の献身的心、親切さ、寛大さ、無私無欲の心等、仏教を修める者としての生来の資質を深く称賛いたします。麻原氏は瞑想、およびヨーガの熟達者であり、優れた師であられます。麻原氏は公の協力が得られた場合には、真に多くの人々に受け入れられる仏教の師として、日本に真の法を再び確立することのできるお方です。

明子の一言icon102

 私は、カムトゥル・リンポチェ師って知りませんでしたが、有名な方のようです。
 チベット仏教(ニンマ派)には興味があります。 


  


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2008年08月27日

聖者との交流 (1)ダライ・ラマ法王との会見


 今回も書籍「聖者誕生」からの抜粋、いよいよ会見の場面です。


(2) 仏陀のイメージ

 初めての対面を謁見室で行なったダライ・ラマ法王と麻原尊師。独学の修行で高いステージまでたどり着いた修行経験に興味を示された法王は、麻原尊師を認め、特別にイニシエーションを授けてくださった。この直後、なんと舞台を法王の住居に移し、記念すべき謁見は意外な方向へと展開していったのである。
 そのときの様子を麻原尊師は次のように書かれている。

《ダライ・ラマ法王のご住居に招かれて、そこでわたしが何を体験したのかお話ししよう。
 なんと、わたしはダライ・ラマ法王とともに瞑想することができたんだ。それも、法王のプライベートな瞑想室で。
 法王は、ご自分の仏像コレクションを見せてくださったあと、瞑想室に誘ってくれた。
「わたしはいつものところに座るから、君はここに座りたまえ。仏陀のイメージを与えよう。」
 わたしは何をどうしたらいいのかわからないまま、とにかく示された場所で蓮華座を組んだ。そして法王に精神集中をしてみた。
 ダライ・ラマ法王は、二~三分荒く大きな呼吸をしていたかと思うと、スッとその気配が消えた。おそらく、呼吸も停止しているのだろう。
 それと同時に、黄金の釈迦牟尼の顔のアストラル・ヴィジョンが、わたしのアージュニァー・チァクラに広がった。釈迦牟尼の顔は、まったく揺らぐことなく見え続けた。
「ああ、法王はこのことをおっしゃったのか。」
 わたしはそのまま瞑想を続けた。この出来事はわたしのアストラル界に仏陀を住まわせることを意味しているのである。それによって、わたしの潜在意識は仏陀と同一になるはずなのだ。

 現に、帰国した後、わたしは自分自身が三つの点で大きく変化したことに気づいた。
 まず、わたしの意識がよりいっそう、大乗の仏教に近づいたということ。大乗の仏教とは、自己の悟りだけでなく、他の人たちも最終世界に導く方法を持った教えである。》
《ところで、瞑想を終えた後、法王は大声でなにやらしゃべりながら(チベット語だったので、わたしにはわからなかったが)、ずらりと並んだガラス扉の棚から何かを探しはじめた。そして、ようやく一体の仏像を手に取られた。
「釈迦牟尼だ。これをあげよう。」
 そういって法王がわたしにくださった仏像は、わたしが瞑想中に見続けていたあの黄金の顔をしていたのである。
「わたしはいつも君を祝福し、見守っているから。」
 法王は、四回もわたしを抱きしめてくださった。》

明子のコメント icon112

 麻原氏が、ダライ・ラマ14世icon12と会見していたなんて、知りませんでした。
 仏陀のイメージも・・・・驚きです。
  


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2008年08月24日

聖者との交流 (1)ダライ・ラマ法王との会見 

 
 麻原氏が、ダライ・ラマ法王と会見した記録です。
 書籍「聖者誕生」から、以下抜粋しました。

(1)不思議な出会い

 一九八七年二月、ダラムサラの山中で二人の高僧が瞑想修行を行なっていた。それがジャンパル・テンジン師とロブサン・テンジン師である。この二人の高僧こそが麻原尊師にダライ・ラマ法王との謁見を勧められた方々だったのである。
 ジャンパル・テンジン師はチベットのゲールク派の仏教大学で学んでいるとき中国軍の侵略にあってインドの地に亡命。以後、独力で勉強と瞑想を続け、当時はアヌッタラ・ヨーガ・タントラのキュレムのレベルを修行中といわれていた。
 一方のロブサン・テンジン師は当時、ゾクリンのギョル段階を修行中であったそうだ。ところで、このロブサン・テンジン師にはこんな面白いエピソードがある。
 アメリカのハーバード大学で科学的なチェックを受けたロブサン・テンジン師。トゥモの行を行ない、なんと体温を平常値より十五度も上昇させたという(ちなみにこのとき呼吸は停止していたそうだ)。つまり、人間の体温が五十度を超えたというのである。にわかには信じ難い話だが、前出のダライ・ラマ政庁宗教文化局のカルマ・ゲーリック氏もこの実験に立ち会って事実であると証言している。聖者たちの底知れぬ“力”にはいまさらながら驚かされる。
 さて、麻原尊師との会見でそのステージの高さに驚き、ダライ・ラマ法王との謁見をバック・アップしてくださった二人。実はこのとき、最終解脱直前の麻原尊師に大いなる覚醒への重要なヒントを与えてくださったのである。
「あなたの体験を聞いて、あなたが今どれだけ高いレベルに到達されているのかよくわかりました。わたしたちの経典にそのレベルの記述がきちっと書かれているからです。」
 この二人の聖者もまた、麻原尊師の力を認めバック・アップしてくださった、よき協力者だった。

 こうした著名な高僧の推薦で、「予約もなしに、法王がダラムサラに戻り次第お会いできる」という特別な個別謁見が実現したのである。ダライ・ラマ政庁文化局のカルマ・ゲーリック氏もさすがに驚きを隠せない様子で、「これは特別なケースだ。ラッキーだ」と何度となくこう語っていたのが印象的だった。

 明子の一言icon102

 チベットicon12ダラムサラicon12ダライ・ラマicon12・・・憧れますicon97icon97。。。
 次回の日記で、会見の様子を書きますね。

  


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2008年08月07日

弟子が語るグルの愛

 今回も書籍からの抜粋です。

 第一回のセミナーでは、百人ぐらいの参加者がいました。尊師は、絶対クンダリニーを覚醒させるんだ、絶対高い世界へ導くんだという意気込みで、シャクティパットをされていて、その意気込みは、最初から最後まで変わりませんでした。尊師がフラフラになりながらシャクティパットを続けられるのを見て、ある弟子の方が、「尊師、もうやめてください」と言いました。すると、尊師は、このようにおっしゃいました。「わたしはこの肉体をなんとも思っていないんだよ。わたしは、他を利したときに、自分の喜びとするんだよ」と。ちょうど隣にいたわたしは、これが利他心であり、本当の愛であると思い、涙が溢れて、顔を上げられなくなってしまいました。

◎明子の一言
 うーん・・・・face11、本当の愛とは何か・・・考えさせられますね。。

  


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2008年08月05日

シャクティーパットでクンダリーニの覚醒


 書籍から、会員の方の体験談を抜粋してみます。

 オウムを知って特に興味を覚えたのは、シャクティーパットでした。これによってクンダリニーという神秘的なエネルギーが覚醒するといわれていたので、期待してセミナーに参加したんですね。そして実際に尊師のシャクティーパットを受けたら、本当にクンダリニーが覚醒して非常に驚いたんです。
 その覚醒の仕方はとても激しいもので、クンダリニーの特徴である熱・振動・光をすべて体験し、また、喉とおなかと肛門のバンダ(締め付け)が自分の意志と関係なく自然に起こるという神秘体験をしたんです。そういう体験をすると同時に、「この方は本物である」というように、尊師に対する絶対的な確信というものが生まれたんですね。

◎明子の一言
 これは1986年ごろの体験みたいですね。ちょっと怖い!face07けど、興味津々ですface02


  


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2008年07月29日

麻原氏の体験 (3) クンダリーニ覚醒とエクスタシー

 麻原氏の「生死を超える」という著書から、氏の興味深い体験の部分を抜粋しました。


 クンダリニー覚醒後、さらに修行を続けると“悦”の段階に至る。これは、クンダリニーが上昇してものすごいエクスタシーをもたらす状態である。

 例えばムドラーを行じているとき、クンダリニーが突然上昇してわたしは“悦”に入った。何気なく立っているときや、歩いているときにもそれは起こった。それが起こるときには、必ずムーラ・バンダ(肛門の締めつけ)と性器の締めつけが自動的に始まり、体を震わせながらクンダリニーが駆け昇る。その感覚たるや、この世で味わうことのできる、最高のエクスタシーだといえるのではないかと思う。どう表現したらいいだろうか。とても優しく柔らかく、溶けてしまいそうな感じである。“悦”に入っている間、その快感は強まることはあっても決して弱まらない。しびれも伴って、それがまた気持ちいい。そして、数分間その快感に浸っていることができるのである。
 最近はわたしも瞑想時間を長く取っている。だから瞑想によって何時間もこの状態を持続させることができるようになった。


◎明子の一言
 クンダリーニの覚醒icon67、そして瞑想によるエクスタシーicon12、何か未知の世界です。でも、オウムの人たちは、そういう体験をする方が多いみたいです。。  


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2008年07月23日

麻原氏の体験 (2)アストラルトリップ(幽体離脱)

 以下、麻原氏の著作から、クンダリーニの覚醒について書かれた部分をご紹介します。

 当時わたしが得た超能力は、幽体離脱、手当療法、霊障を見ること、他心通(他人の心を読む)などである。幽体離脱とは、魂が肉体から抜け出して異次元へと飛び出していく現象で、慣れないうちは、大変恐ろしい思いをしたものだ。そのころは、抜け出した魂のコントロールが自由にできず、異次元に引き込まれたままになりそうなことがあった。肉体に帰ることができなくて、何度「このままだと死んでしまう」と青くなったことか。
 例えば、ある日、激しい修行を終え、ぐったりと横になったわたしの耳に、いつもの音が響いてきた。ウォンウォンウォン……という、幽体離脱直前に聞こえる音である。
 わたしは無意識に壁に向かって滑り出した。「ぶつかるっ!」と思った瞬間、もう一人の自分が壁を突き抜けていた。そして放り出された先は、宇宙であった。
 わたしは青くなった。それこそ右も左もわからない宇宙なのだ。左右どころではない。上下さえ、不明――。暗闇に浮いている数え切れないほどの星々がわたしを取り巻いているばかりである。
 そのとき身体が落下し始めたのだ。そして何かに引っ張られているかのように、自分の身体に戻っていった。そして、幽体と身体がぴったりと一致したとき、ほっと胸をなで下ろしたのであった。しかし、幽体離脱に習熟するにつれ、このような恐怖を感じることもなくなっていった。


◎明子の一言
 
 アストラルトリップもしたいんですぅicon64icon58icon64


  


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2008年07月22日

麻原氏の体験 (1)クンダリーニの覚醒

 以下、麻原氏の著作から、クンダリーニの覚醒について書かれた部分をご紹介します。

 昔のわたしは、スポーツの得意なエネルギッシュな人間であった。しかし、そのころのわたしは、生命力が欠乏しているような状態であった。だから、仙道を実践すればあらゆることがいい方へ変化するに違いない、という多大な期待を持って臨んだ。
 この仙道において、わたしは小周天(しょうしゅうてん)、大周天(だいしゅうてん)という段階を修めた。小周天は、人体を宇宙とみなして、後ろから前に気(エネルギー)を回すという技法である。これによって頑強な身体ができ上がるのだ。大周天は、尾てい骨にある霊的センターであるムーラダーラ・チァクラから頭頂へと気を突き抜けさせる行である。これは、クンダリーニを覚醒させるのである。クンダリーニとは、人間の霊性を高次元へと引き上げるエネルギーとなるもので、クンダリーニの覚醒に成功すると、超能力を得ることができるのである。
 わたしは、独学ながらクンダリーニの覚醒に成功し、超能力を持つようになった。わたしが数々の超能力を身につけていく出発点となったのは、まさにこの仙道からであった。

◎明子のコメント

 クンダリーニの覚醒かぁicon97、私もしてみたいです♪♪
  


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2008年07月15日

ムドラー 限界までのクンバカ

 今回も、麻原氏の修行に関するエピソードを、書籍から抜粋して、ご紹介します。


 1985年ごろ、尊師は、とても激しい修行をしていらっしゃいました。特に、ヨーガの中でも、最も高度な行法に属するムドラーを、一日中こなしていらしたことがあります。
 ムドラーには、クンバカと言って、呼吸を限界まで止める行法が含まれます。これは、霊的な覚醒のために、非常に効果が高いものです。しかしその反面、とても苦しい行法でもあるわけですね。
 あるとき、尊師は、このムドラーを、1日18時間、しかも全く休むことなく続けていらっしゃいました。しかも、一息一息が限界なんですね。そのお姿には、ただただ感動したものです。

 当時、会員のセミナーにおいて、ムドラー6時間連続というのはざらでしたね。
 ちなみに、第一回セミナーでは・・・

 スクハプールヴァカ・プラーナーヤーマ 6時間
 ムドラー               6時間
 マントラ瞑想             6時間    

 という修行内容でした。初心者でも一日中座りっぱなしですから、それは厳しいのですが、体験も多くの方がなさいました。

 ほかのヨガ団体では、こんな激しい修行をするところはまずないことでしょう。
 尊師は、「必ず、クンダリーニを覚醒させるんだ」という意気込みで、指導していらっしゃいました。実際、このセミナーで、クンダリーニを覚醒させた会員も大変多かったのです。
 
 「気絶してもいい、限界まで踏ん張れ!」
 「あなたが頑張らなければ、縁のある人たちを救うことはできない」

 そんな尊師の激励に支えられて、多くの修行者が限界のムドラーに励む姿は、まさに壮観でした。


◎明子のコメント

 ムドラーは私も時々やっていますwwでも、6時間連続なんて、すごいface08
私の友人に「オウムなくしてヨガは語れない」と言っていた人がいたのですけれども、オウムの修行の厳しさがよく解ります。そしてかなりハイレベル。。
It ’s wonderfulicon77



  


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2008年07月11日

熱のヨーガ・・・・命がけの寒中修行

 今回は、麻原氏の修行に関するエピソードを、書籍から抜粋して、ご紹介します。

「1985年、最終解脱をされる前のことです。尊師は、大変厳しい修行に励んでいらっしゃいました。
 その一つに、湖での寒中修行があったのですが、マイナス18度という、ものすごい寒さの中で、雪の上に長時間座って瞑想されたり、マントラを唱える修行をされたりするんです。上半身は裸ですから、普通の人だったら五分もじっとしていられないと思います。それだけではなくて、凍て付く湖の中に入る修行もなさいました。私も、夜明け前の湖水に入ったことがありましたけど、切れるほどの冷たさを感じたものでした。
 尊師はその湖の中に入って、トゥモ(熱のヨーガ)の修行をなさってたんですが、何分かするうちに、尊師のお体は胸が青くなって、心臓が止まってしまう寸前までに至ったんです。普通の人ならとっくに心臓マヒで死んでいるところなんですけど、尊師はそんな状態のときにも、「この自分の命と引き換えに解脱を与えてください」とシヴァ神に強く誓願していらっしゃったそうです。また、「私が苦しむことによって、今寒冷地獄で苦しんでいる魂の苦悩が少しでも軽くなりますように」と、命を懸けてまでもご自身の身体を供養する修行は、私達弟子の心を大きく打ちました。
 
『私は、私の生きている限り君達のステージが少しでも上がるように努力したい。君達は自己の霊性、心を高めるということに心を集中し、修行してください。』

 尊師がおっしゃった言葉は、忘れられません。」


◎明子の一言
 
 えっface08マイナス18度、雪の上で瞑想、湖の中に・・・
 うーん、寒さに弱い私には unbelievable!
 が・・・本物のヨガの行者は、こういう修行をするんだそうですね~。
 いつかは挑戦してみたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・けど・・・・・・。
  


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2008年07月09日

クンダリーニヨガのプロセス

以下は、クンダリーニヨガのプロセスについて、麻原氏が書いたものです。

 「わたしは、よからぬことを行わないこと、功徳を積むこと、そして、すべてから離れること、離れるための手段として、アーサナ、プラーナーヤマ、ムドラー、ジュニアーナヨーガ、あるいは瞑想、このいろいろな修行を行った。そして、クンダリーニが覚醒しました。
 始めは、40度を越す高熱が三回来ました。そして、あるとき、背骨からクンリーニが上昇し、体が持ち上がった。これは立っているときです。その気持ちのいいこと、何ものにもたとえられない。
 そしてその悦の状態が完全に自分のものになったとき、何とも言えない明るさ、一種の興奮状態がわたしに生じた。これを縁起の法では喜だと言っている。その喜び、満足感というものは、何にも変え難い。
 もしあなた方が、その状態に入ったならば、他のすべてのものを捨てて、悦、喜を取るだろう。わたしの修行を支えてきたものは、苦、信仰、クンダリーニの覚醒、悦、喜だったんだね。
 そして、わたしは、プラーナーヤマ、ムドラー、アーサナを連続した修行を18時間こなしても平気になった。この状態を、軽安、楽という。
 そしてわたしは、いろんな神秘体験をした。まずバルドー体験。転生を何回も何回も見る。そして、夢の中で、いろんな世界に行き、それを味わい、見、聞き、そして堪能する。
 次は、幻身のヨーガ、それは、過去に行ったり、未来に行ったり。幻身のヨーガと幽体離脱との違いは何か。幽体離脱では、この肉体は自分ではないということをはっきり理解している。幻身のヨーガは、この肉体を持っている。鏡に映そうとしたら自分の顔が映る。しかし、周りが一変している。
 その後、完全な光の状態に入った。究極を言うならば、いつも透明な光に包まれている状態だ。そこで、わたしそのものが、肉体ではなく、魂であるということを知った。
 それに到達した段階で、わたしのアージュニァーチャクラは爆発した、その恐怖たるや、待望感たるや、今もはっきり覚えています。そして、インドでは、それで最後だと言っています。
 そして、わたしは、すべてから離れ、貪りを捨て、解脱した。」

◎明子の一言
 凄いですww
これは、まさに、『到達した人』の体験としか思えません。。
 

  


Posted by 明子 at 00:38Comments(0)

2008年07月02日

アーサナの秘儀

尊師は、常に自分に一番厳しい修行を課せられていました。例としては、ムドラーやプラーナーヤーマ、浄化法・瞑想・マントラなどの修行を十分、十五分単位でびっしりとスケジュールを組み、そのとおりに実行なさっていたことが挙げられます。実行にズレが生じた場合にも必ずノルマは果たされます。私達の指導に時間を取られてしまい、二日も三日も前の分を修行することもしばしばで、フウフウ言いながらも、
「一度やると決めたことは、何があってもやらなければいけない。」
と言ってらっしゃいました。

 この当時、受けた指導としては、アーサナも厳しいものでした。
 たとえば・・・

 開脚のアーサナ 10分
 閉脚の前屈 5分
 舟のアーサナ 5分
 バッタのアーサナ 5分
 マッチェンドラのアーサナ 左右5分づつ
 チャクラのアーサナ(ブリッジ)
 ビバリータカラニー 30分

 などなど、アーサナと言っても、大変高度なものばかりでした。

 保持時間が長いのできついのですが、それだけに効果は非常に高かったですね。終ったあとは、本当にすがすがしい状態になり、ヨガの素晴らしさを実感したものです。また、尊師ご自身は、師を持つことなく、ヨガを極められました。開脚も180度開いていましたが、それは一つのアーサナでも、結果が出るまで徹底的にされた結果なんだなあと実感しました。


◎明子の一言
 これがアーサナですかぁface11凄すぎ。。アーサナも、ここまで来ると・・凄いです。  


Posted by 明子 at 01:22Comments(0)

2008年07月01日

ビバリータ・カラニー(肩立ちのポーズ)を何と6時間!

 尊師の素晴らしさというのは、だれよりも深い愛と哀れみをお持ちであるとこ、類い稀な神通力をお持ちであること、そして、弟子を成長させる素晴らしい力を持っていらっしゃることなど、いろいろとあり過ぎて、とても語り尽くせるものではありませんが、修行者としても他の追随を許さないものがあると思うんですね。修行に対する心構えとか、姿勢というのは並たいていのものではないわけなんですが、私の印象に残っている、そういう尊師のお姿の一部をご紹介させていただきたいと思います。
 渋谷に道場があった頃――1985年の話になりますけど――その頃尊師は私達に行法の指導をされながら、毎日激しい修行をなさっていました。そして毎日のノルマというのをご自分で決めてらっしゃったんですね。これは非常にハードなプログラムで、例えばビバリータ・カラニーというかなり厳しい修行があるんですけど、それなんかは毎日6時間もなさっていらっしゃいました。しかも、用事があってその日こなせなかった分はそのままにしないで、必ず次の日に持ち越してまで消化なさっていたんですよ。他の修行でもそうですが、絶対曖昧になさらないんですね。そういう姿勢を貫かれていらっしゃいました。
 それから、なぜ救済活動をするのですかと弟子が質問したことがあったんですけど、
「これは私の前生での誓願である。一度立てた誓願というのは絶対に取り消せないから、どんなことがあってもやらなければならないんだ。」
とお話ししてくださったんですね。その言葉は今でもよく覚えています。
 こういうような、一度決めたことは必ずやり通す、絶対妥協を許さないという強靱な意志の力が、その激しいご修行の根本にあるんだと思いますね。本当にどんな修行においても手を抜くようなことはされないんです。
 例えば、ムドラーを指導していただいたときのことですけど、クンバカ(呼吸を止めること)は、まだ生命に愛着を残す修行者にとっては非常につらい行法の一つなんですね。そのクンバカがなかなか限界までできないんですが、そんなとき、「今生の別れだと思って踏ん張れ!」
と、よく叱咤されました。
「私の言う限界というのは、このムドラーにおいては気絶である。クンバカが限界までできないというのは、ここまででいいという壁を自ら作って満足してしまっている状態だ。それは限界ではない。私は気絶するまでムドラーを行なった。」
と尊師はおっしゃいました。
 気絶するまでムドラーをなさる尊師のご修行の厳しさの背景には、自己の修行が完成することによって、すべての魂の救済者としての使命を一日も早く全うしようというご意思があったんだと思います。


◎明子の一言
 わたしもヨガをやっていますから、ビバリータカラニーもやりますよぉface02
でも・・・・普通は1分とか2分位のものです。それを毎日6時間icon59というのですから、ビックリです。。  


Posted by 明子 at 02:06Comments(0)
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